社長ブログ2020年02月22日

食品検査雑感

 私は大学時代、水産食品を柱として、様々な実験や検査といった今の祖となる実学を学びました。マウスによる経口毒素試験ではマウスに注射をしたり、解剖をしたり、栄養分析や簡単な添加物の分析や魚の鮮度判定試験、以前話題にしましたが研究室は微生物学を専攻としましたので、細菌試験はもとより、免疫学も取り入れた細菌のスクリーニング実験を行うため、ウサギを使って抗血清を作ったり(注射して血を抜いて・・・)ということまで体験できました。今思えば、今の仕事にダイレクトに繋がる実習を35年前に体験していたおかげで、これまで助かっている場面は幾多もあります。ただ、最近の検査機器を見ていると、どんどん便利になってきて、その機器や検査の原理原則を理解できなくても結果を出せるようになっていることに、老婆心ながら少々危機感を覚えています。専門家でなくても検査ができることは、企業にとっては歓迎すべき事ではありますが、検査というのは結果を出すことだけでなく、結果を疑う力もなければならないと私は思っております。まして機器分析は、どんなトラブルが起こるか分りません。その時に疑う力は、原理原則を理解しているか、検査対象の食品を理解できているか、が大きな決め手になると思います。35年前になかったもの、あっても高くて学生が使わせてもらえなかったものがたくさんあります。ですから、手間がかかる方法で実験、実習を行いました。でもそれが、原理原則の理解につながったと実感しております。

 さて、弊社の検査の主力である細菌検査の原理原則は、遡ること150年ほど前の「コッホ」に行き着きます。シャーレや寒天培地はコッホの研究室で発明され、それは現在の細菌検査にはなくてはならない物になりました。その昔の培地は野菜や肉から取ったスープ(ブイヨン)をベースにしていました。何やら美味しそうな培地ですが、それもそうです。細菌とはいえ生き物です。美味しいものが好きに決まっていますし、そうでなければ食中毒なんて起きないでしょう(笑)そしてその後、様々な細菌の好みの応じた培地が開発され、培地の成分も様々な成分を混ぜ合わせて作るようになります。私が大学4年の頃は、培地を作るために塩を計り、肉のエキスを計り、と、一つ一つ手作りの培地でした。それが今では、すべて調整された粉末を水に溶かすだけ。なんて便利でしょう!昆布だしを取り、鰹だしを取り、それらを合わせて深みのある和食の出汁を作る。顆粒のだしの素をお湯に溶いて和食の出汁を作る・・・なんと、培地作りの変遷は料理の世界と同じですね(笑)だから、培地は何でもありで、20代の頃居た会社で鮭の商品開発をするときの基礎試験では、鮭のエキスをいれた「サーモン培地」を自己流で作成して色々試験を行ったこともありました。

 とは言え、検査と試験・実験は大きく違います。検査には決まった方法があり、例えば細菌検査には食品衛生法で通知されている「通知法」と、衛生試験法に記載されている「公定法」、最近では世界の検査法と平準化するための「標準法」というのがあります。でも、試験・実験は、効率よく必要な結果を求めることが大事になるため、原理原則を外れない範囲で多少のアレジが加わっても良いだろう、と思うのです。最近では、カビにおけるソルビン酸カリウムという保存料の効果試験を行いました。通常カビの検査に使う培地にソルビン酸を溶かして試験を行ったのですが、結果は現場に役立つものが得られたと思います。ただ、検査も通知法、公定法が完全に食品の細菌検査の全てを網羅できているかといえば、どうかなと思う場面は多々有り、例えば10℃以下の冷蔵流通している食品の細菌数を調べるのに、通知法や公定法では35℃前後で培養するのですが、それでは冷蔵を好む細菌は増殖しづらく、25℃で培養することで効率良く培養できるケースがあります。水の濁った塩水ウニの細菌数を35℃で調べた場合と25℃で調べた場合では、100倍から1,000倍も細菌数が異なった例もあるほどで、食品検査の奥深さと難しさを感じたものでした。生き物を相手にする検査は、人の想像を超えることも当然あるわけで、その意味でもやはり、検査の結果を疑う目をやしなうことが必要なのだろうと感じるのでした。

 先週末、弊社社員二人が、日本べんとう振興協会様が行う「食品微生物検査技士」の2級と3級の試験を受けてきました。ちなみに弊社には、現時点でその資格者は1級が一人(私です(;´∀`))、2級が一人、3級が二人となっております。若い世代がどんどん新しい情報を吸収して、検査の世界から実験や試験を企画できるほどに視野を広げて欲しいと思います。

 先ずは、ふたりの合格の報告、期待して待っていてください(3月に結果がでます)

この記事を書いた人:小林樹夫

所属:代表取締役 担当:皆の社長(笑)

小樽の漁師町の生まれ
人生の前半を小樽、函館で過ごし、酸いも甘いも色々経験(笑)後半の人生は、死ぬまで札幌で修行の予定。
さていよいよ50代最後の1年、来年は折り返しの年です。頑固でありながらも、いつまでも柔軟な感性を失わない、しなやかな社長=親父=おやじを目指してます❗